論語とコンピュータ(読み書きそろばん)

ちょっとずつ読んで、書いてみる

「岩波国語辞典 第八版」P24

今日はいろいろ展開する。

 

あせしらず「汗知らず」汗を吸い取らせるために肌にはたく粉。シッカロールなど。

 

 とある。シッカロールで調べると

 

シッカロール あせもの予防や治療に用いる、白いさらさらした粉末 商標名。

 

とある。ネットで調べると、和光堂が販売しているらしいが、見たことがない。

ただ、辞書に載るほどの有名な商品なのだろう。

なんだか、粉であるらしい。ベビーパウダーというのが昔あったように思う。おしめのお尻が蒸れないようにはたいていたのだろうか。

 

ベビーパウダー 赤ん坊や子供の肌に付けて、汗を吸い取り、あせもを防ぐ粉末。パウダー。和製英語

 

とある。汗知らずの項目の人は、なぜベビーパウダーではなく、商標名のシッカロールを例にあげたのだろうか。

項目が独立しているのがシッカロールだから?自身の赤ちゃんがシッカロール愛用者だったから?ベビーパウダーなら私でもわかったが…

「新訂 字訓 [普及版] 白川静 平凡社」 P28

あつし「熱、暑」

 

暑い日が続く。

火神軻遇突智がどういうわけだか変換できず、少し苦しんだ。

鬼滅の刃の影響だろうか?火の神カグツチとかいう変換になってしまう。

 

だいぶ前に鬼滅の刃の映画を見た。

鬼になって無限の命を得ることと、儚い命の人間が鬼滅隊として、元人間の鬼を滅ぼさんとすること、鬼には鬼なりに、鬼とならざるを得ない各々の事情があったこと、などがいろいろな人の共感を生んだのだろうか。

 

湿度が高くて、温かい程度を超えること。「あたたか」は「あつあつし」で同根の語。「あつかふ」はその動詞形である。

伊弉諾尊、火神軻遇突智を生まむとする時に、悶熱ひ懊悩む。因りて吐す。此神と化為る。名を金山彦と曰す。

「悶熱」はやけどなどに苦しむ意であろう。「あつし」と同源の語である。

「角川 新字源 改訂新版」P28

なんとなく、子供のころに「おだんご」のような漢字だと覚えた記憶がある。

おだんごが関係あるのは、訓読みの場合だけのようだ。

センと読む場合には連なる意味が強く、カンと読む場合には、意味が変わってくるのだろう。

これらの読み方も知らなかったし、新たな気持ちで文字に当たることができた。

 

「串」「くし、セン、カン」 象形。重ねた貝をひもで連ねた銭さしの形にかたどる。

セン

  • 連ねたもの。ぜにさし。②つらぬく ③てがた。領収書 ④ぐるになる 

カン

  • ならう。ならい。習慣。②したしみなれる。取りいる。

くし

ものに刺し通すための細長い棒。

「岩波国語辞典 第八版」P19

昔、田舎に「なまず屋魚福」というナマズを食べさせるお店があった。

今は廃業してしまったようだが、金色のなまずの大きな看板が掲げられており、小さな、でも歴史ある店だったようだ。

その店で大昔なまずを食べたときに、メニューに赤魚というのがあった。

私はなまずを美味しくいただいたので、結局何だったのかわからなかったが、おそらく、川魚を食べることができない人のために用意したメニューだったのではないだろうか。店の前にカナダ産赤魚という発泡スチロールがあったので、何だろうか?と思ったものだった。

近頃近所のスーパーなどでも赤魚の粕漬や赤魚の干物を見かける。

だいたい、アメリカ産かカナダ産で、白身の美味しい魚であるが、生前のお姿を知らない。

 

「あこうだい」「あこう鯛」鯛のように赤く、大きな口と目を持つ海魚。多く「赤魚」の名で流通する。めばる科。

 

ということで、調べてみたが、どう見てもメバル

赤いメバルである。

辞書の「鯛のように赤く」という表現にはすこし疑問を持った。

鯛は桜色をしているように私には見える。

「新訂 字訓 [普及版] 白川静 平凡社」 P26

たしか吉川英治宮本武蔵に、「あたら若者が…」というようなセリフがあったと記憶している。小学生の時分、よくわからず「新しい若者」という意味では使っていなさそうであることだけが伝わった。

読む小説の主人公などから、語彙に影響を受けているのだなと思う。私自身、子供のころから古い小説を読むのが好きだったので、語彙が古めではある。

 

あたらし「惜」 「あたら」の形容詞形。その価値にふさわしくない取扱いを受けることを惜しむことをいう。「あたる」を語幹とするもので「行く~床し」と同じ造語法である。「あたらしぶ」はその動詞形である。あるべきものが、なお現実としてもたらされない事態に対する不満や嘆きの感情を含む。類義語の「をし」は失われることへの愛惜をいう。「新し」とはアクセントの相違があったようである。

 

中略

 

秋の野に露負える萩を手折らずて安多良盛りを過ぐしてむとか[万4318]

 

秋の野に萩の花に露が落ちている。そんな盛りの時期を無為にすごすのかい。

焦燥感が感じられ、心情がよくわかる気がする。

 

宮本武蔵のせりふ、「あたら若者が…」には、「(かかってきても勝てないから)せっかくの命大事にしろ」「本来はこんなところで勝負を挑まず、修行に励め」そんな意図が含まれていたのだろう。

「角川 新字源 改訂新版」P26

昔、台湾に行ったときに国父紀念館で、孫文についての展示をみるうちに号が「中山」であることを知った。

ただ、そのときは、いろいろ見て回るうちの一項目であったので、なんとなく流してしまったが、号が中山の理由には思い至らなかった。

 

「中山」ちゅうざん ①戦国時代の中山国。今の河北省定県。②琉球の別名 ③孫文の号。日本に亡命中、中山樵という偽名を用い、その後、号とした。

 

とある。なんと亡命中に、ユーモラスな偽名をつかっていて、その苗字部分をとったものだったとは。

どんな時も少しの笑いをわすれないことが、大事を為すための基本かもしれない。

「岩波国語辞典 第八版」P18  

黒酢あんかけについて書いて、ページをめくって悩んでしまった。

揚げ出しと揚げ浸しは何が違うのだろうか。

 

あげびたし「揚げ浸し」野菜・魚などを油で揚げて、たれに浸した料理。「なすのーー」

 

差は、「粉」をまぶして揚げているか。漬けているものが「たれ」であるか。の2点にあるように思われる。

先日の黒酢あんかけは、出汁ではなく、たれであるが、魚は粉をまぶして揚げる。

どちらなのだろうかと考えていたら、

あんかけ は、あんかけであって、揚げ出し や 揚げびたし に分類しようとしていることが間違いだと叱られる夢を見た。