辞書を読む

理系が辞書をちょっとずつ読んでみる

あや 「新訂 字訓 [普及版] 白川静 平凡社」 P45

どうも、調子が狂う。

この辞書は儀式を語りすぎていて、こわい。

こんな大和言葉のあとに、死者を聖化するために胸にV字の入れ墨で模様を加えたもので、死体に邪霊の憑ることを防ぐとか平気で書いてある。

昔の人は死体に邪霊が憑依して動き出すと信じるほど無知蒙昧だったというのだろうか、それとも死体が動き出すようなことがあったとでもいうのだろうか。

しかし考えてみれば、現代人も棺桶の上に、短刀を置いたりするので、そう変わらないともいえるのだろうか。

 

あや 文 綾

交差することによって構成される模様、またそのような模様を織り出した絹織物をいう。木や玉などの表面にあらわれる自然の情理をも言う。織目を「あやめ」といい、美しい模様にもいう。

 

ギャップ萌え「ザ まさこ スタイル」

「ザ まさこ スタイル」という本を見かけた。

伊藤まさこさんという「スタイリスト」さんが書いたファッションの本である。

 

題名からは、失礼ながら、押しがめたくそに強くて、ケバい まさこ さんが、自分の写真をドカーンと掲載して、どうだどうだ。という本だと想像したが、

なんと、大判の本に服のセットの写真があって、それを着ているまさこさんは、一寸ほどのサイズ。

リアル一寸法師だと感心した。

 

内容には一切の関心がないが、題名と内容の落差に感銘を受けた。

あみ「新訂 字訓 [普及版] 白川静 平凡社」 P44

あみ 網 羅

魚や鳥をとるための網。糸や縄を編んで作る。「編む」の名詞形。

[中略]

羅はかすみ網のように張り巡らすものである。網と合わせて網羅といい、根こそぎにするという意に用いる。またあらゆるものを列ね並べることをいう。

 

網羅するというのはそういう意味だったのか。とおもって調べると

 

岩波国語辞典では、

 

もうら 網羅

残らず取り入れること、余りなく尽くすこと。

→「網」は魚を取るあみ、「羅」は鳥を取るあみ。

 

とある。どちらもそういうことだろうといえるけれど、人によって解釈が少し違うのだろうか。

あまねし「新訂 字訓 [普及版] 白川静 平凡社」 P43

「あまねく」という表現を人生で初めて聞いたのはいつの事だっただろうか。

信長の天下布武あたりだろうか?

あまり書くこともない。

 

あまねし 洽 歴 遍

およばぬところがないように、広くゆきわたる。「まねし」は度重なること

あまし 「新訂 字訓 [普及版] 白川静 平凡社」 P42

ここ十数年ほど、本来は甘くない生の食べ物を食べて、それが何であっても「あまーい」というのが流行っている。もう十年もたてば、それは流行りというより文化の変遷かもしれない。

たんぱく質を含む食べ物が分解されてアミノ酸の甘味を感じることはあり得る。

しかし、他人の感覚なので、なんとも言い難い部分ではあるものの、例えばさっきまで生きていたイカについて、紋甲イカならばまだしも、スルメイカが甘いというのは、なんでもいいから甘いと言っておけばよいという言葉の選択やレポートを拒絶する怠慢ではないだろうか。

そう思っていたころに、あるレポーターさんが畑でナスを生のままかじって「あまーい」と言っていた。

いや、決して甘いはずがない。もう口の中はアクで大変だろう。それでもあらかじめ決めておいた反応をする。言葉の選択とかそういうことではない、まったく別方向のある意味プロ意識に恐れ入った。

 

あまし 甘 甜

からし」に対する語。美味であること。蜂蜜や砂糖のような味覚についていう。辛抱して仲良くすることを、動詞にして「あまなふ」という。

 

 

あぶる「新訂 字訓 [普及版] 白川静 平凡社」 P41

ホタルイカの干物をライターで炙って酒の肴にするのが好きだ。

あれを家で一人、指を焼かないように長い腕の部分とエンペラの部分を交互に持ちながら、焦がさないように、ターボライターで遠火で炙っていると、何をやっているのだろうという気分になり、日本酒が進む。

どうして焼き始めたのか記憶をたどると、アマゾンで買ったホタルイカの干物のパッケージに顔が細長いおっさんの絵が描いてあり、そこに「炙って食べるとうまい。」みたいなことが書いてあったような気がする。

だいぶインパクト強い顔だったが、あれは何だったのだろうか。

酔いが見せた偽の記憶だろうか。

 

あぶる「炙」

熱にあてて程よく暖める。焼いたり乾かしたりすることをいう。「あぶら」と同根の語であろうが、ほかに「溢る」とする説もある。

[中略]

炙は肉と火とに従う。

炮はまるやき。炙るは肉片を炙る意である。

 

跨(あうどこぶ) 「新訂 字訓 [普及版] 白川静 平凡社」 P40

あふどこぶ 跨

足で踏みつける、足で踏み越えることをいう。古訓点資料のみにみえる語。

中略

ただ跨越するのみでなく跨有支配の意を含む使い方である。

 中略

袴のように両足にわたるものをいい

 後略

 

海を越え、山を越え越えながらその地を制覇してきた。あうどこぶは、そういう感じの言葉のようである。

 

漢字の説明を見ると、なんというのか表現が難しい感覚ではあるが、武道で股関節の付け根のあたりを折り曲げることで身を自在に働かすことと似ている気がする。