第21回 天を怨まず、人をとがめず
・56-68才まで、さまよった。
・弟子とともに困難にあっても互いに見捨てなかった。
・困難には、政治家に囲まれる、敵対する者に批評される などがあった。
・他方、市民から哀れに思われ同情されたり、支持者もいた。
・結局、理想の実現はなかった。
・時には孔子も失望して、天は何も言わない。自分も言わない。と言い出したりもした。失望と自信の言葉だろう。
・天は自分を認めず、人はおろかだが、それでも下学して上達しよう。我を知る者は、其れ天か。
・失望はしていたが、70才くらいで季康子が総理になったのを機に魯に帰り、晩年の事業として五経をまとめ、73か74で死んだ。
五経をまとめた事業については、次回。
小言
苦労して晩年まで、初志を完遂すること叶わず、放浪した。
組織に戻ることができたのは、自分の派閥が力を取り戻した後。
現世の他人との関係での成功については、派閥の力には孔子でもかなわない...そういうものか。