昔、源頼光が美濃守であったころの話。
XXという村で、夜のことである。
詰所にたくさんの侍が集まって話をしたりしていた。
そのうち、ある者が、こんな話を始めた。
「この国には、渡というところに、産女というお産に失敗して死んだ女の霊がいる。夜になって、そこを渡ろうとすると、産女が子供を泣かせて、「この子を抱っこしてください」と言ってくる。」
お調子者の別の者が、
「じゃあ、今からその心霊スポット、行ってみようぜ」
などと言う。
平季武、「俺なら、今すぐでもわたってやるよ」
他の仲間たちは、「いくら一騎当千の平さまでもそこは渡れないですよぉ」
と、これはけしかけているのだ。
平季武、「そんなの余裕だし」
他の仲間「いくら何でもそりゃあムリだ」と言い募ってけしかける。
季武も強硬に言い争うとけしかける仲間も10人ほどまで減った。
そこで、
「じゃあ、賭けようぜ」
ということになり、鎧、兜、弓、胡録(やなぐい、という矢を入れて背負う道具)、馬、鞍、よく反った太刀などをそれぞれ賭けた。
季武も、「渡れなかったら、同じくらいのものをそれぞれに返す」「それで文句ないな!」と念を押すと、皆、「あったりまえだ」という。
季武は鎧兜に弓、胡録という武装で従者もつれずに出かけることとした。
従者もつれずにどう証明するのか、と言われ、
「この飾りの矢を川から向こうの土に立てて帰ってくる。明朝、探そうぜ」
と言って出かける。
三人ばかり、若者がこっそり後をつけていくと、季武はその渡にたどり着いていた。
九月下旬の月のない夜のことだ。
真っ暗闇の中を、季武は河をざぶりざぶりとわたっていく。
対岸にたどり着く。
こっち側の若者たちは薄の茂みに隠れて息を凝らして聞き耳を立てる。
季武は、膝を覆う、行ばき(むかばき)を手でパンパンと叩いて水を払う。
矢を抜いて差し、しばらくして河をわたって帰ろうとする。
その時、生臭い匂いがぶわぁんとすると同時に
「この子を抱っこして」女の声がする。「いがいが」と子が泣く声もする。
見ている三人の若者は、頭の毛が逆立つほどぞっとした。
己が渡っていると想像すると死にそうな気分だ。
「よしよし、だっこしてやろう」季武は豪胆にもこたえる。
「この子だよ、ほぅれ」女は子を渡す。
季武はしっかり袖の上に受け止める。
「やっぱりその子返してよ」女は言う。
「誰が返すもんか ばぁか」というと季武は河を上がった。
季武は馬に乗って屋敷に帰る。三人も慌てて追いかける。
屋敷に帰ると
「おい、お前らおおごとのようにいうけれど、なんてこたぁない。渡に行って、河わたって、ついでに子供もとってきたぜ」
と言って、右の袖を開くと木の葉が乗っているだけだった。
その後、やっと追いついた三人が、渡での出来事を話すと、行かなかった者たちも恐ろしさにゾッとした。
約束なので、賭けたものを渡そうとしたが、季武は笑って
「こんなことは誰でもできる。」
といって受け取らなかったので、ますます男をあげた。
この産女というのは、キツネが化けて人をだまそうとするのだ。という説もあるし、
子を産もうとして死んだ女が霊になったのだ。という説もある。という。