童子問 巻の上 第24章
「先生が道を説明してくださることはとても良くわかりやすいです。でも、あまりにわかりやすくて、平易な言葉で言いすぎで難しく高尚な言葉を使った方が良いってことはありませんか?」
「平易なことばで説明できているってことは自然に内実が整っているってことです。
難しく高尚な言葉で説明しているときと言うのは大概嘘だったり内容がないのです。
だから学問は平易な言葉であることから逃れてはいけません。
平易な言葉であることを避けて高尚な言葉を使いたがる者は、道を識っているわけではない。
道は大地のようなものです。天下に地よりも低いところはありません。しかし、人は地の上にしか立つことはできないのです。中国にあるという華嶽というでっかい山を載せても重いとへたることもなく、大海をおさめて漏らすこともなく、あらゆるものを載せている大地を低いところにあるからと言ってバカにすべきではないでしょう。
天についても同じです。人はただ、高いところの青い空を見上げて空だと言っていますが、目の前の空気これも天であるということを忘れている。
天は地を包んでおり、大地は天の中にあるのです。地の上は皆天であり、前後左右も皆天なのです。人は両方の間にいるのです。遠いというべきではないでしょう。
だから知っているおよそのことは皆近くにあって、遠くに求めるものではないのです。
遠くに求めると変なことを言い出します。
学者は皆、平易であること、近くにあることを恥ずかしいと思い、あえて、難しい言葉変な行動で、世間に対して高いフリをしています。
そうでない学者は、異常な行動をきわめてすごいことであるかのようにみせたり、天を引き合いに出して、高い議論をしているようなふりをする。
特に、異端の徒である諸子百家はそういう傾向が強い。皆、内容のある徳を知らないからだ。
卑近という二字を恥じなければ、則ち道を進み、学は明らかになるべくしてなるし、道を遠くはずれることはない。」