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今昔物語 巻23 第14 左衛門尉平致経、明尊僧正を送りたる語

宇治殿と呼ばれた藤原頼通が権勢を誇っていたころの話。

この時、まだ明尊僧正は、僧正ではなく一階級下の尼僧の管理官(僧都)だった。

 

三井寺の一番偉いお坊さんになる明尊僧正が、宿直でお祈りをしていた。

灯火を灯していないが、もう暗い。

急遽この僧正が夜のうちに三井寺に行って帰ってくる必要ができた。

理由は今となってはわからないが、この話をする上ではどうでもいい。

 

頼通は、馬小屋にいる落ち着きがある馬に鞍を置いて連れてきた。

居並ぶ侍たちに向かい

頼通「誰か、ついてくる者はいないか」

左衛門尉平致経「この致経が参ります」

頼通「いとよし」

頼通「この僧都は今夜三井寺に行って、そのまますぐに夜のうちに帰ってこなきゃならん。ちゃんと護衛するように。」

 

致経は詰所に戻って、弓と矢を準備した。

藁沓(わらぐつ)を畳の下に一足隠して、下人を一人連れてきた。

 

見ていた別の侍が「けっ、頼りねぇな」とつぶやく。

 

致経は、これを聞き流して、袴の裾をくくり揚げて、隠したのとは別の藁沓を履き、矢を背負って、頼通の馬を連れて詰所を出た。

 

僧都が出てきて「その方は誰じゃ」

「致経にございます」

「我らは三井寺へ行くのだ。どうして歩くような格好しているのだ。乗り物がないのか。」

「歩いてお供します。遅れることはありませんから、早く行きましょう」

僧都は、「本当かね?」と思いながら出発した。

 

火をともした下人を先頭に7、800mほど行っただろうか、前から弓矢で武装した黒い影が向かってくる。

 

僧都が、これはまずい。盗賊か?ならず者か?と恐れていると、

黒い影の男は、致経を見て、ハッと蹲み、「馬でございます。」という。

 

よく見ると、暗くて毛並みもわからないが馬のようだ。

沓も用意してあるので、致経は藁沓を捨てて、馬に乗る。

矢を背負て馬に乗る者が二人ついているので、実に頼もしい。

 

さらに、200mほど行くとまた二人、同じような武装のものが二人出てきた。

致経は僧都に近づいてきて「うちのもんです。ご安心を」という。

 

「致経め、変わったことをする」と思っていると、100mか200mおきに2人ずつ増えてきて、鴨川を渡りきるころには30人ばかりになって、三井寺についた。

 

用を済ませ、深夜12時前に帰途に就いたが、何しろ屈強の侍が周りを30人ばかりで護っているので心強い。

 

鴨川の河原まではそのままの人数で行き、

そこから先は出てきたところで二人ずつ人数が減っていく。

 

あと100mで頼通の居所というところまで来ると、総勢は二人に減っていた。

馬に乗ったところで降りると、沓を履き替えると、この二人も見えなくなり、下男と二人で歩いて屋敷に入った。

 

僧都は、前もって訓練したかのように、護衛が出てくること。この男の組織力に驚いた。

「こりゃあ、早いうちに頼通殿に言わなくては」と思って、深夜ではあるが面会を申し入れた。頼道は起きて僧都の帰りを待っていた。

あの男がすごい家来を持っている。と言えばびっくりして、もっと聞きたいだろうと思って、あったことを詳しく話したが、

頼通は「うん、そうだよね」とだけ言って細かいことは聞かなかった。

 

この話の致経は、平致経(たいらのむねより)という侍で、矢を放つことを得意としており、大箭の左衛門尉と言われていたという。